『終わりなき平和』 Forever Peace ,1997

ジョー・ホールドマン/中原尚哉 訳/創元SF文庫
ISBN:4488712010/920円


神経接続による遠隔歩兵戦闘体(RICU)、通称ソルジャーボーイでの戦闘が日常化した西暦ニ〇四三年。ナノ鍛造機の出現によって完全な福祉国家を実現した先進国とそうでない国の格差はより開く形となり、合衆国を主とした連合国軍と中米の反乱勢力同盟体との戦争が続いていた。そんな時代に生きるジュリアンは兵士としてこの戦争に従事する機械士だった。機械士――神経接続によって十人の精神と繋がると同時に、遠隔地の基地からソルジャーボーイを操作する特殊な兵士。一般兵士とは異なるこの特殊な兵役に就く者である。そして、ジュリアンには軍務から離れた別の顔があった。大学に勤務する物理学者としての顔である。彼はそこで木星衛星の軌道上に設置された巨大粒子加速器を使用し、宇宙の始まりを再現するジュピター計画に従事していたが――というのが粗筋。だが、あまりアクション色はない。

総じて言うと、なんとも奇妙で、美しい黄昏のような結末に雪崩れ込む小説である。舞台は近未来。ナノ鍛造機の発明によって物質的には世界全部が満たされる可能性、ひいては経済格差を原因とする戦争の忌避はあって然るべきなのにそれを実現していない世界。そんな中で旧来の南北問題とは微妙にベクトルの異なる持つ者と持たざる者の戦争が続けられている。戦場に出るのはリモートコントロールのロボットで、しかもパートタイマーのような兵士がそれを操作している。おまけに主人公は合衆国に住む黒人で大学教授。この基本設定だけからもホールドマンの意図の片鱗がかすかに見える。

だが物語はそれだけで終わらない。退屈なまでに淡々としたジュリアンの日常と軍務、ニ〇四三年のどこか暗い雰囲気を引きずった世界情勢が彼の主観/客観視点から描かれる一方で、彼の恋人アメリアの葛藤も綴られる。電脳手術を受けていないが故にジュリアンの過去の恋人(彼女はジュリアンと一体化していた)の影に悩み、より深い一体感=電脳化の末に相互接続で得られる共有化を求めるアメリアの姿は、現在の社会でよく見る「他者との一次的接触により相互理解を深めようとする者の姿」の強調のようにも見える。そういう意味ではジュリアンの自殺傾向とその結果もまた然り。個人的には、完全な共有化なんて真っ平ご免であるが。

さて、このように「完全な平和は有り得るのか? また、人間同士は本当に100%分かり合えるのか?」というテーマが底流に密かに流れる中で悶々としているような生活が綴られたのち、唐突としてそれを成すための方法と結果が作者から突き付けられる。それは、宇宙の破滅を回避するために人為的な進化(※電脳化による他人との相互接続とその末にある攻撃性衝動の排除。作中では「人間化」と呼ばれる)を全人類に促すというある種異様な回答だ。人類進化とそれがもたらす結果はSFで繰り返し描かれてきたテーマだが、それがこのような姿で書かれるのは珍しいケースであろう。作中では強引な設定と描写もなくはないが、それは許容範囲内か。

こうして人類絶滅の危機を前に、ともすれば強制されたような形で全人類の共有化=攻撃性の排除=完全な永遠の平和は実現されるが、その結末はどこか苦い余韻を残す。主人公とアメリアを含めて共有化できない一部の人類が残る最終的な結末と、ラストの一行からもそれは明らかだ。科学的側面から考えてみれば、人間化措置が不完全だった人間との交配による旧人類はこのあとも出てくるだろうし、電脳化=人間化が行われた人類から生まれてくる新生児たちも旧人類である筈だ。そんな社会体制のもとで完全な平和が続くものなのか? そして人類は本当に他者と完全に分かり合えるままの姿でいられるのか? 書かれていない先の姿も含めて、考えさせられる箇所が多い作品である。(99.12.24)